M&A法務担当者のスベらない書籍10選

 

【2021年 #LegalAC の4日目の記事です。せこさんからバトンを受けました。】

 

普段M&Aや合弁案件ばかり担当しているこの私。

今日は「M&A法務担当者のスベらない書籍10選」と題し、M&A・JV業務に効く鉄板書籍・定番書籍を紹介するというベタな記事をあえて送り出したい。

第一のターゲットは、いきなりM&A案件が飛んできた、これからM&Aをやりたい・勉強しておきたい、なんだかよくわからないけど合弁契約書を見ている、M&Aの本がたくさんあり過ぎて何を買ったらいいかわからない、そんな人の役に立てば大変うれしい。

M&A経験の豊富な方、本をたくさん読む方にとっては既読あるいはご存じの書籍ばかりではないかと思われるが、BLJなき今、そういった暗黙知を白日の下にさらしだしてこそ明日の法務があるのだと考え、躊躇なく、どメジャー書籍を紹介していくものである*1

もちろん「この本を入れるならもっといい本があるぞ」「この本はここがだめ」といったご意見は大歓迎であり、そういうフィードバックをもらうこともまた、本記事のもう一つの目的である。

1 M&Aの契約実務(第2版)

法務としてプロジェクトにアサインされた担当者の最も重要な仕事は、適切な最終契約(Definitive Agreement, DA)をまとめること。本書では、各種条項の内容や日本法に基づく解釈が丁寧に解説されており、M&A契約の基本的な理解をしっかりと得るのに最適な本。

DAはプロジェクトの集大成。初期段階からDAの設計を想定して案件を進めることは、ドラフティング以前の段階においてもメリットがある。本書は、SPA(株式譲渡契約)主体の解説になっているが、他の取引形態でも十分活用可能*2

個人的には、M&A契約の本というよりは「M&A法務の基本書」。一度は通読しておいて損はない。類書というか、より契約条項にフォーカスした書籍としてM&A契約――モデル条項と解説もおすすめ。

2 ジョイント・ベンチャー契約の実務と理論(新訂版)

JV(合弁会社)に纏わる実務上および理論上の様々な論点を解説している書籍。

会社法との関係での合弁契約の有効性や競争法上の問題など、事業会社としてJVを組成する場合のみならず、部分的な買収を行う場合にも参考になる記載が多い*3

JV案件に備えて通読しておく価値がある本。

今年出た同様の分野の書籍(株主間契約・合弁契約の実務会社・株主間契約の理論と実務)も併せて利用すると尚良し。タイトルを見比べれば分かるように、それぞれ対象分野や切り口が微妙にことなっており、それがまたいい味を出している。

3 M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版)

法務DDと言ったらとりあえずこの本を読んでおけばよい。法務DDって結局何?という理解を得たい人から具体的にどのような書面を見るべきかといったところまで書かれており、実務の傍らに置いておきたい本。

DDは外注する会社が多いと思うが、外部弁護士がなぜその書面を要求しているのか、といった点は法務担当者として理解しておく必要があるのでこの本で基本知識を身に着けておきたい*4

シンプルにDDのリストのモデルが欲しい場合は、法務デューデリジェンス チェックリスト 万全のIPO準備とM&Aのために (NextPublishing)がお勧め。

4 株式会社法(第8版)

もし配偶者から「会社法分野で1冊だけ本を買ってよい」と言われたらこれを買う*5

あくまで会社法の本なのでM&Aの文脈では活躍できる機会はやや少ない。それでも、組織再編などは、ほかにしっかりした実務書(後述する6番の書籍や、会社分割ハンドブック〔第3版〕合併ハンドブック〔第4版〕)があっても、一度はこの本を見ることが多い。

ただし、組織再編の部分の構成が分かりにくかったり、時々ワナ(「●●の手続きについてはxxと同様である」とされているところも、実際には手続きに微妙な差異があり完全に同一でなかったり)があったりするのは玉にキズ。前者は慣れ、後者は条文をおろそかにしなければ*6クリアできる(はず)。だから許す。

5 公開買付けの理論と実務(第3版)

TOBの本というとこれ以外あるの?というくらいの鉄板。公開買付の実務に関して、定評のある本をお探しならこれ一択ではないだろうか*7

最初の方のページにある、TOBが必要となる場合をまとめた図表を何度参照したことか。具体的にTOB案件が見えていない段階でこの本を通読するのはしんどいが、手続きの全体像やメジャーな論点は把握しておくといざというとき慌てない。

6 新版 会社法実務スケジュール

会社法の各種スケジュールを時系列で整理した本。

会社法上の手続きだけでなく、金商法その他の開示なども織り込まれており、スケジュールを立てる際、自分の条文の読み方の正誤の確認やチェックリスト的に使うことができる。自分は特に組織再編が絡む取引で使用するが、株主総会など会社法の他のメジャーな手続きも紹介されている*8

ただ、当然、ありとあらゆるケースを網羅できているわけではなく、完全にそのまま使える例は案外少ないので、掲載されているスケジュールをそのまま使えるという期待はしないほうがいい。あくまで確認用のテキストである。

残念ながらまともな値段では買えなくなっている*9ので、令和元年改正会社法対応の改訂版が待たれる。

7 M&A担当者のための独禁法ガン・ジャンピングの実務

いきなりニッチになったと思われるかもしれないが、特に事業会社のM&Aでは競争法ガンジャンピング*10は避けて通れない論点。

案件全体の体制・スケジュールに影響を及ぼし得るテーマ*11であり、法務担当者として意見が求められることも多いため、正確な理解と実務的なアイデア仕入れておきたいところ。

本書は、実務上ありそうなQAを軸にひたすらガンジャンピングを解説する。日本の独禁法のみにフォーカスしてお茶を濁さず、しっかり海外競争法にも配慮した内容になっている(というかそうなっていないと使い物にならない)。類書が見当たらない良書。

8 M&A法大全(上・下)(全訂版)

西村あさひの「大全」本。上下巻あわせて2500ページに迫る文字通りの凶器*12。「大全」の名は伊達ではなく、網羅性は素晴らしい。

もっとも、一つ一つの項目の記載量は限界があり(それでも相当充実していると思うが)、クオリティにも差があるので、自分で買うのはコスパが悪い(上下合計2万円超也)。会社に買ってもらおう。さすがに私もこれは個人では買っていない。

馴染みのないタイプの案件が降って湧いたときに、とりあえず関連個所を読み、当たりを付けるという使い方をしている。宗教上の理由で西村あさひ本を使えない方は、森濱M&A法大系をどうぞ*13

9 金融と法 ――企業ファイナンス入門

M&Aを正面から取り上げた本ではないが株式会社というもの、それを売買するM&Aについての本質的な理解が深まる本*14。もちろんデットファイナンスに関する解説も充実している。

数字が出てくると途端に静かになる法務担当者もいるが*15ファイナンスを勉強しておくと会社というものへの眼差しがかなり変わるのではないかと思う。これはM&Aの局面だけでなく、昨今のコーポレートガバナンス議論においてもファイナンス面での最低限の知識がないと厳しい場面があるだろう*16

いずれの法務担当者も少なくとも1~6章を読むことをお勧めしたい。

投資やローンとは無関係という法務パーソン(そんな人がいるかわからないが、そうであっても)にもお勧めできる本。

10 新版 M&Aのグローバル実務(第2版)

今回唯一、法とか契約という言葉がタイトルに入っていない本。

クロスボーダー案件含め、M&A取引の全体を筆者の豊富な経験を交えて解説。M&Aに突然アサインされたけど、結局何をやるんだ?という人にもお勧め。

法令や契約にそれなりに言及してはいるものの、法務担当者にはそれ以外の部分こそしっかり読んでいただきたい。会社によっては法務によるM&Aへの関与が部分的・ピンポイントになることもあると思われるが*17、プロジェクト全体としてどういった手続きが進んでいて、何が重要な論点になるのか、そして法務の仕事はその中のどこに位置付けられているのかという理解は極めて重要*18

M&A取引を解説する書籍は多々あるが、本書は、記載の厚さや言及している論点のバランスなど、自分の実務感覚から最もしっくり来た本。

 

以上、紹介した10冊はどれを買ってもハズレはないはず(8番は買わなくていい)。ぜひお試しください。

あ、そうそう、今日、楽天スーパーセールらしいですよ。本も買えますよ。

 

明日は、keibunibu先生です。お楽しみに!

 

 

*1:ネタ被り 数日前、あるブログ記事を読んで2つの意味で震え上がった。一つはその記事のクオリティに、もう一つは、(そんなクオリティの高い記事と)考えていたネタが若干被ったことに震撼したのである。しかも、紹介されているM&Aの書籍がかなり本記事と重なっていた。ネタを変えるか迷ったが、明らかに間に合わない。推薦がダブるというのは鉄板本としての紛れもない証、しかもdtk先生とのダブりはむしろ望むところと考え、これまた躊躇なく、ダブった推薦本を紹介していくものである。

*2:クロスボーダー案件 本書は基本的に日本法に基づく解説のみである。もっとも、SPAの構造は各国実務でも大きな違いはない。しかし、各国・各業界に実務面・相場面での違いはあり、当然法制度自体の異同もある。時々、その国で「一般的」とされている条項の合理性が理解できないこともある。もとよりM&A契約は比較的詳細に作りこまれ、細かいところを含めれば、その条件は千変万化である。ドラフトの条文を丹念に読み込み、知ったかぶりしたり、億劫がったりしないでLocalの専門家に積極的に質問すべきである。そういえば若かりし頃、米国における株式譲渡による子会社化案件を初めて担当した際、相手方から"Merger Agreement"ドラフトが提示され、完全に「???」で1日無駄にしたことがあった。かの国ではReverse Triangular Mergerと呼ばれる手法により、"合併"手続きを経て株式譲渡と同様の効果を得ることができるのであるが、「stock dealってお互い分かってるのに何でMergerなん!!」と言いながら必死に株式譲渡契約に修正しようとした思い出がある。

*3:海外法令関係 こちらも日本法主体の本。米国・EUの競争法に関する解説はある。JVと競争法といえば、グローバル企業では企業結合規制の問題が頻繁に生じる。EUや中国などでは、JVの組成は、JVを介した出資者同士の企業結合という考え方がとられており、JVに対する「共同支配」が発生する場合、出資者の各国での売上高を基準に届出要否が決定する。この結果、JVの事業活動が当該国の市場に影響を与えないような場合でも形式的に届出義務が生じることがある。そのような場合、JV設立時に費用と時間をかけて、無関係の国への届出を行わなければならないのか、どこまで届出要否を調査するか、といった点で、まじめな日本企業にとっては悩ましい状況が生じる。結局のところ、当該JVが将来的に当該国に進出する可能性があるか、将来JVに第三者が参画する場合に支障が生じないか、などといった観点から個別に検討せざるを得ない。

*4:Due Diligence 自分でやるか・外注するか 通常の規模の日本企業法務部においてはリソースの観点からDDを外注することが多いのではないかと思われる。だが、一度は、小規模なマイノリティ出資案件などで自分でDDをやってみることをおすすめしたい。想定されるリスクは何か、それをつぶすために何をリクエストするのが効率的か、相手方にはどのように質問すればよいか等々を自分で考え、肌感覚を多少なりとも養っておくことで、外部弁護士を起用したDDの時にも「芯を食った」指示や質問が出しやすくなるのではと思う。DDにおける資料リクエストや質問は、それはそれで奥が深い。小規模の会社のDDを行う場合、当然あるはずの資料(法定の書面を含む)がない、リクエストの趣旨を理解されずほしい情報にアクセスできない、対象会社の対応リソースが小さすぎて資料収集に時間がかかる・収集できない、といった問題は日常茶飯事である。相手方担当者の知識・経験レベルを推し量りながら、効果的に情報を提供してもらえるよう、丁寧な質問文にしたり、例を入れたり、質問趣旨を記載したり、思い切って要求のスコープを断捨離したり(無思慮に「とりあえず全部」みたな要求をすると収集作業がスタックし、得られる情報が限定されてしまう)、これはこれで頭とスキルが必要な作業なのである。

*5:書籍とお小遣い 田中亘先生の会社法 第3版会社法(第5版) (LEGAL QUEST)も良い本だが、1冊だけと言われるとこれかなと。限られたお小遣いの中で、実務にも勉強にも使える本は非常にありがたい。また、リモートワークにおいても、家にコンメンタールをそろえられる猛者を別とすれば、記載の充実した江頭本は強い味方である。定価5,600円+税は、きわめて合理的な価格であり、1.5倍くらいしても文句はない。なお、その「0.5」分、索引が犠牲になったのだ…との説があるが同意である。そこはLionBoltか、ひたすら使い込むことでカバーするしかない。

*6:会社法を読み解く ボス「まず条文ですね。全ての解釈はまず条文を読んでみるところから始まります。」この本もまた良き本であるが、ボスとサブの対談形式で進められ、ボスは常に丁寧かつ論理的で優しい口調であり、サブも別にヘマするわけではないのだが、だんだんボスに詰められているような気分になってくる。

*7:TOB 少なくとも当社の場合、TOBに関しては証券会社と外部弁護士のおんぶにだっこ。基本的に書面仕事なのでそれをそつなくこなしてもらう。それでも、社内的には各手続・各書面の意味を説明する必要があり、法務としても基本的な理解は必要。なお、幸いにも、アクティビストが介入してきたり、対象会社の賛同を得られなかったり、といったエキサイティングな公開買付は経験したことがない。ところで、TOBを行うに当たっては、自社がインサイダー情報を保有していないことを担保する必要があり、(重要事実に該当するような情報はそうそうないにせよ)これがまた神経を使う。インサイダー取引に関する書籍の決定版は、インサイダー取引規制の実務〔第2版〕だと認識している。

*8:組織再編は日程が命! 案件初期からしっかりしたスケジュールを引くことは基本であり、重要。当然ながら、事業サイドとしては「いつこの案件が成立するのか」は極めて重要なファクターであり、そこから逆算して日程を明確にしておく必要がある。早い段階で一度スケジュール案を作ってみて、事業部門と共有しておくことを推奨する。自分はとにかくスケジュール作りが苦手というか好きになれない。何度やっても何か忘れているような気がするのである。この本がなければ一から条文を読んでスケジュールを構築していく必要があるし、会社法以外に検討すべき法令がないかの調査には相当の神経を使うだろう。自社の機関決定のスケジュールや「開示したいタイミング・開示しなければならないタイミング」などの諸要素も勘案する必要がある。本書によって、そういった部分を相当程度省力化することができるし、安心感を得ることもでき、メンタル的にも助かっている。

*9:電子書籍 噂によると某電子書籍サブスクに収録されているらしい。

*10:ガンジャンピング 念のため用語の説明をすると、企業結合のクリアランス取得前あるいは実行前に、企業の統合行為を行ったり、統合の準備行為がカルテルに該当してしまったりで、競争法に違反してしまう行為。フライング。

*11:競争法がもたらすフラストレーション 典型的には競合他社を買収する際、DDで得られる競争法上機微な情報の共有範囲のコントロールが必要になったり(対象会社に一番詳しい社内の営業担当者に情報を渡せない等)や競争法を盾にして重要な情報が開示されなかったり、踏み込んだPMIの準備ができなかったり、競争法は案件全般にfrustratingな影響を及ぼす。また、競合他社とのJVでも、競争法を意識しながら、JV事業に関する深い検討を行うのは容易ではない。事業担当者も、法務担当者も、M&A Lawyerもフラストレーションを募らせる中、競争法Lawyerだけが超然と「ダメです」と言うシーンは何度も見てきた。

*12:愛称 一部ではバスターマシン1号・2号と呼ばれている。一部では。

*13:数合わせでは? キリよく10選にするために無理やり紹介しているわけでは断じてない。誰しも経験があると思うが、慣れないうちは、どのような書籍に当たれば必要な情報を得ることができるかわからないし、そもそも何が分からないかがわからない。そういうとき、とりあえずバスターマシン1号・2号を開けば何かしら書いてある。それを手掛かりに更に資料を探索していき、最終的に必要な情報を手に入れる、という使い方が想定できる。

*14:M&Aに効くか? 本企画の趣旨からすると、本書を紹介するのはやや強引な感じがするのは否めない。ただ、良い本なので、法務のみならず会社員みんなに読んでほしいということで機会があるごとに各所で紹介している。

*15:それは 私です。

*16:資本コスト資本コストうっせぇよ 最近よく聞く「資本コストってなに?」という人は、例えば図解&ストーリー「資本コスト」入門(改訂版)などいかがか。「コーポレートガバナンス」に食傷気味の人はたかが会計 資本コスト、コーポレートガバナンスの新常識を読んで溜飲を下げる(?)のも一興。M&Aに話を戻すと、企業価値算定の考え方を理解しておくことは法務としても重要と思われるが、バリュエーションの教科書―企業価値・M&Aの本質と実務は読みやすい。

*17:M&Aの担当部門 M&A案件に法務が関与せず、経営企画部などが外部弁護士をつかって対応している会社や、法務部には契約書レビューだけ依頼されるような会社もあると想像する。ざっくりM&A取引が「投資効果の実現←投資効果の実現のためのPMI←投資効果実現を妨げるリスクの除去/低減・投資効果実現のコストの低減のための契約上の手当て←投資効果やその蓋然性に影響を与える事項の確認としてのDD←目指すべき投資効果の計画」といった、目指すべき姿からの逆算プロセスだと考えれば、契約のみをレビューしろと言われても相当程度やりにくさがあるのでは、と思う。また、前述のとおり、最終契約が当該取引プロセスの一つの集大成であることを考えると、最初から最後(最後がいつを指すかは非常にむずかしい問題だが)まで法務担当者が関与することが望ましいのではないかと考える。

*18:プロジェクト推進者としての法務 価格の話であれ、会計の話であれ、税務の話であれ、最終契約に落とし込まれる以上、法務として無関心ではいられない。少なくともその意味で、法務以外の分野についても目配せが必要になるはず。