会社(法)を学ぶ

[この記事は2022年 #legalAC 12/18分です。アーリーさんからバトンを受け取りました。]*1

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会社法を学ぼうとするとき、企業内法務各位なら、おそらく、会社法の基本書や入門書の通読をまず想定するだろう。また、自らの担当する業務に応じて、株主総会・取締役会や組織再編の実務に関する書籍に当たることも多いだろう。確かに、会社法を理解するためには会社法自体の知識の導入が不可欠なのは言うまでもない。

しかし、十数年前、社会に出たばかりの私にとって、会社法の規定やその趣旨を一通り学んでも、何となく上滑りしているような感覚があった。学部で(一応)会社法の授業を履修し、社会に出てからも機関法務*2の仕事をしていたのだが、どうにも"手触り感"を得られなかったのである。

様々な経験を経て、少しだけ会社法に対する「実感」を得るに至った今の私から、十数年前の自分に宛てて、組織内法務人として何が足りなかったのか、もう一歩踏み込むならば何を学ぶべきだったかについて考えてみたいと思う。

1.足りないのは会社という実体への理解

いきなり結論を書くことになるが、当時の私には「会社」というものへの理解が足りなかったのだと思う。

法務担当者なら一度は「法務には事業への深い理解が必要」といった言説に触れたことがあるだろう。法令や契約の文言には、会社が行おうとする経済活動を律するルールはあっても、そこに経済活動の実体は存在しない。それは、我々の目の前にあるルールの外、その所与の前提として存在する。事業を理解しなければ、適切にルールを適用したり、作り上げたりすることはできない。

それと同じことが会社法にも言えるのではないか。当時の私は、会社「法」を勉強しようとするあまり、現実の会社が如何なるものなのかという眼差しが欠けていたような気がする。逆に、会社法を学ぶことで、株式会社を理解できると思い込んでいたのかもしれない。

しかし、会社法を学ぶなら、同時に会社についても学ばなければならないのではないだろうか。特に、組織の中で会社法を運用している我々こそ、現実世界の会社と向き合いながら会社法に挑まなければならないように思う。

2.ファイナンスとガバナンス、会社法の全部

では、「会社というもの」をどう学ぶか。困ったときは、基本に立ち返って株式会社とは何かを思い出してみる。

この際、正確さは無視してざっくりと次のように考えてみよう。

「株式会社とは、出資者のお金を集めて、経営者が事業を行い、得たお金を出資者に還元するための装置である」

ポイントは超大きく分けると2つある。一つは、出資者のお金を集め、得たお金を還元すること、すなわち「ファイナンス」である。株式会社は、結局のところ、金融の仕組みである。

もう一つのポイントは、「経営者が事業を行う」という点である。金融の仕組みとしての会社をうまく機能させるには、経営者をして出資者のために適正かつ効率よく事業運営を行わせることが必要である。つまり「ガバナンス」である。

十数年前の私には、シンプルに、「ファイナンス」と「ガバナンス」という2つの切り口から学んでみることをお勧めしたい。

ちなみに、この切り口で会社法の入門を説くのが「会社法のみちしるべ(第2版)」(大塚英明)*3である。第2版が出たときに初めて手に取ったが、十数年前に欲しかった書籍*4の一つである*5

 

3.ファイナンス

ファイナンスというと真っ先に思い浮かぶのは資金調達の場面だろう。

十数年前の私なら「いや、でもうちの会社、大規模な借入れも増資もしないから関係ないんじゃないか…」などと言うだろう。

それは甘い。例えば企業は利益を上げ、株主に帰属すべきものとして、純資産(つまり株主資本)の部に積み重なっていく。それを株主に分配しないで、企業内部で再投資すること、これもまたファイナンスの文脈で議論されるものである*6

会社の活動は金の流れとは無縁ではいられない。人間は、日々食事をし、吸収し、細胞を作り替えていくという意味で、タンパク質の流れの中にできた淀みと見ることもできるが、同じように、会社は、お金を集め、使い、分配するという一連のお金の流れの中にできた一時の淀みあるいはお金の流れそのものだ。

私にとって会社法の窓から見える株式会社は、少し味気ないもののようだったが、コーポレート・ファイナンスに触れたことで、血が通ったもの(というか金が通ったもの)に見えるようになった気がした。特に上場会社や資金調達を繰り返すベンチャーに勤める法務部員は、コーポレート・ファイナンスを勉強すべきと思う*7

もっとも私自身、人に教えられるほど勉強できているわけではないので、おすすめ本をいくつか挙げることでご容赦願いたい。

入門ということで一つ紹介するなら「増補改訂版 道具としてのファイナンス」(石野雄一)*8。私はある程度勉強してからこの本に出会ったが、ファイナンスの入門としては一番わかりやすかった。

ファイナンスというものが何を扱うものなのかわかったら、コーポレート・ファイナンスをもう少し深堀しよう。例えば「コーポレートファイナンス 戦略と実践」(田中慎一、保田隆明)。「実践」というだけあって、比較的実務を意識した内容と思われる。

それから、次の「ガバナンス」にもつながるものとして、「図解&ストーリー『資本コスト』入門(改訂版)」。集めたお金(集めたお金で稼ぎ出したお金を含む)をいかに使うべきかは、会社が常に直面している課題であり、この点は次に述べるコーポレート・ガバナンスの文脈で近時厳しく問われているテーマでもある。「資本コスト」は、それを読み解く上でのキーワードだ。

ちなみに、十数年前の私には残念なことだが、君が生きる時代には存在しない本もある。今は、会社運営におけるファイナンスの重要性への認知が進んで、入門的な書籍が多数出回る時代になった。

 

4. ガバナンス

さて次はガバナンスである。十数年前の私ならこう思うだろうか。

「ガバナンスなら会社法に機関の規定があるし、法務の領分でしょ?」

甘い。君が会社法だけを学んだところで理解できるのは制度の建付けくらいのものである。それでは社内で行われるコーポレートガバナンスの改革に向けた議論には使えない*9。現代においてコーポレートガバナンスという分野は、十数年前の私が想像するような会社法の延長にあるものではなく、前述したファイナンスに対して君が考えたのと同じように、全く異なる分野と考えた方が良い。

まず、コーポレートガバナンスの議論についていくためには、ファイナンスへの理解が必要である。「結局またファイナンスかよ」と思うかもしれないが、そう、またファイナンスなのである。

最初に述べたように、コーポレートガバナンスはつまるところ金融の仕組みである会社を適正かつ効率的に動かすための仕組みである*10。会社の価値を棄損させるような不祥事を防ぐ、というのは十数年前の私にも理解できる議論だろう。確かにそこには、法務やコンプライアンスの世界も含まれる。だけれども、それだけではなく、株主から預かったお金を効率的に使うこともまた、ガバナンスによって実現されなければならない。そもそも、コーポレートガバナンス・コードにいう「中長期的な企業価値の向上」だってファイナンス的な概念じゃないか。

もちろん、ファイナンスは必要条件だが十分条件ではない。では何を学ぶ必要があるかと問いたくなるだろうが、「自社にとって適切なコーポレートガバナンス」とは何かを考えることは、それこそ経営そのものであり、何か勉強すれば何かできるようになるものでもないかもしれない*11

そうは言っても、世の中の流れは押さえておくことは必要だ。さしあたりコーポレートガバナンスをめぐる議論を知りたいということなら松田千恵子先生の3部作でどうだろうか。語り口も面白いし。

こうやって、少しずつでも最近の議論を追っていけば、そのうち、少しずつ旬刊商事法務が楽しくなってくると思う。ただし、そこで議論されているものは、世の中の最先端であり、自社において如何にそれを活かせるかは別問題である(流行りに影響された経営陣の思い付きに翻弄されないよう最先端の議論を押さえておくことは、商事法務の有効活用とも言えるかもしれない)。

あとは、例えば今年改定されたCGSガイドライン関係など、最近はいくらでも教材がある。コーポレートガバナンス・コードだって立派な教材だ*12。本当にコーポレートガバナンスを学ぶには、こういった官公庁が出すものや他社事例も併せて感度良く拾っていく必要がある。

www.meti.go.jp

付け加えるならば、組織論も勉強しておくとよいかもしれない。「はじめての経営組織論」(高尾義明)は、今年友人に勧められたが、とても分かりやすい。

 

5.最後に

もちろん、このあたりの勉強は、法務においてのみ有用なわけではない。将来、経営層や経営企画部門などを目指すなら絶対に必要だし、法務が他の部門と渡り合っていくためにも常識レベルには勉強をしておくべきである。

確かに会社法に規定された手続きを一つ一つ押さえるのは砂をかむような勉強かもしれないが、少し視野を広げて勉強してみると、少しずつ会社法が好きになれると思う。十数年前の私には荷が重いかもしれないが、きっとキャリアにもつながるから頑張ってほしい。

なお、会社法自体を深く勉強することは別途必要であるから、それはそれで頑張ってほしい。

――十数年後の私より

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Twitter上にも、情報法務勢と同じように、会社法勢が増えればちょっとだけうれしいかもしれない。

次はbentaro_lawさんです。

 

 

*1:予告編詐欺 直前まで別内容の予告しておきながら、業務の都合で全く時間が取れず違うテーマになってしまいました。深くお詫び申し上げます。

*2:機関法務 取締役会や株主総会の仕事を通して、それらの手続きには詳しくなったが、当時の自分にとっては淡々と手続きをこなすだけの分野に見えて、あまり面白味を感じられなかった。

*3:最近ちょっと評判 某氏の書評で高評価を得、また他の某氏も「もっと売れてほしい」と評している。同感である。あくまで入門書であるが株式会社の成り立ちから分かりやすい語り口で説明してくれる。

*4:道標 当時、みちしるべと言えば千問のやつであった。

*5:元ネタ ふと気が付いて戦慄したのだが、若い人は本項の見出しの元ネタをご存じないかもしれない。その昔、「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」というキャッチコピーがあったのじゃよ。

*6:毎年資金調達をおこなっているようなもの 
年、企業は資金余剰の状態で株式市場からの資

金調達ニーズはない」といわれることがあるが

誤解である。そうした企業も内部留保を続けて

いる。内部留保は、株主に帰属する最終利益の

一部を株主に還元せず利益剰余金として株主資

本に組み入れ事業継続のための再投資原資とし

て活用するのであるから、資金調達手段の一つ

である。企業は内部留保を通じて株主から毎年

資金調達を行っているのである。

年、企業は資金余剰の状態で株式市場からの資

金調達ニーズはない」といわれることがあるが

誤解である。そうした企業も内部留保を続けて

いる。内部留保は、株主に帰属する最終利益の

一部を株主に還元せず利益剰余金として株主資

本に組み入れ事業継続のための再投資原資とし

て活用するのであるから、資金調達手段の一つ

である。企業は内部留保を通じて株主から毎年

資金調達を行っているのである。
市場での資金調達を行わない会社が内部留保で再投資することを指して「企業は内部留保を通じて株主から毎年資金調達を行っているのである」と喝破する論説もあり、なるほどなあと思った(旬刊商事法務No.2267「二〇二一年コーポレートガバナンスの現在地(1) 資本コスト経営とは何か」三瓶裕貴)。

*7:会社法以外でも 会社法に限らず、法務担当者はファイナンスを勉強した方が良いと思う(勉強した方が良いことばっかりだけど)。実は法務担当者は日々、契約を通して現ナマを扱っているのだから、条件の良し悪しを正しく見積もるには金融の知識が必要なのではないか。

*8:初版 dtk先生に初版を紹介いただいて、少々苦労して手に入れたのだが、改訂版がすぐに出てしまったので少し複雑な気分。

*9:基礎は重要 もちろん、会社法に書いてあることもしっかり勉強しておくことは大々々前提である。その点を疎かにしては法務として何の価値も出せない。というか有害である。まずは、今、社内にある機関・制度を会社法の観点からしっかり分析しておこう。会社が新たな仕組みを導入するとき、そこには必ず会社法に関係する論点がある。任意の委員会を設置するなら法定の機関との関係性を法的に整理すべきだし、新たな報酬制度を導入するなら、その開示のルールについても会社法その他関係法令を視野にいれて分析する必要がある。当たり前すぎで書いていて恥ずかしくなってくるが、会社法と相対するなら会社法自体の深い理解が絶対必要なのは間違いない。

*10:多義的な言葉 「ガバナンス」という言葉はきわめて多義的に使用されている。ここでは少々乱暴であることは承知しつつ、本文記載の意味合いで用いる。なお、コーポレートガバナンス・コードでは次のとおり。「『コーポレートガバナンス』とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。」

*11:現実のガバナンス 書籍や雑誌に書いてあることの多くは綺麗な議論である。しかし、ガバナンスとは経営者を律することであるが、特定少数のしかも、経営者というクセ強人間を相手にする以上、非常に生っぽい話もある。取締役会事務局などを通してイメージがある人もいるだろう。例えば、華々しい著名社外取締役を多数迎え入れても必ずしも取締役会が活性化し、実効的な監督が行えるようになるわけではない。むしろ、例えば、構成はほとんど変えずに、1人だけ、話をまとめるのが上手くてなぜか人望を集める謎のおじさんを入れた方がよほど有益な場合だってある。そのような要素は、スキルマトリクスには記載されない。取締役会の実効性一つとってもお勉強のみで通用するほどコーポレートガバナンスは単純ではない。

*12:会社法で読み解く新世紀エヴァンゲリオン 教材といえば、アニメも教材になる。難解なアニメとして有名な新世紀エヴァンゲリオン(テレビ放映版及び旧劇場版)は、一部、会社法の知識で読み解くことが可能である。言い換えれば、エヴァンゲリオンを通じて会社法を学ぶことができる。特務機関ネルフは、指名委員会等設置会社(あるいはそれに類するモニタリングモデルの機関設計)と見ることができる。ゼーレは明らかにモニタリングボードであり、碇ゲンドウ等は執行役である。加地リョウジは、特殊監査部という部門に所属しており、これは内部監査部門に相当する。彼は碇ゲンドウとゼーレの間で二重スパイを行っているが、もちろんデュアルレポーティングのメタファーだ。監査委員会の監査は、内部統制システムを通じて行われるとされるところ、ガバナンスにおける彼の役割は非常に重要なものであった。ゲンドウは、ゼーレが策定した経営の基本方針であるところの「人類補完計画」に沿った経営を行うべきところ、亡くなった妻に会いたいという極めて個人的な理由で、独自の経営を追求している。ゼーレはこれに気付いているのかいないのか最終盤まで何だかんだ碇ゲンドウのシナリオが進むが、最終的にはゼーレが「エヴァンゲリオン初号機パイロットの欠けた自我をもって人々の補完を」というセリフと共に碇ゲンドウを解任、その息子をCEOに選任して計画の完遂を図る。簡単に言うとこういったストーリーであるが、見ての通り、ガバナンス上の大問題である。特に、モニタリングボードにおける「監督」の在り方について重要な問題を提示しているように思う。モニタリングモデルは、先進的なガバナンスの仕組みであるかのように述べられることも珍しくはないが、個人的には必ずしもそうは思えない。モニタリングボードを本当の意味で機能させるには、取締役にも事務方にも相当のリソース投入が必要であり、また、監督と執行の距離感を誤れば全く機能しなくなる可能性もある。よく言われることではあるが、結局は、各社が自社にあったガバナンスモデルを不断に追及するほかないのだろう。むしろ、仕組みを変えていくことができる仕組みこそがコーポレートガバナンスの真髄なのかもしれない。なお、人類補完計画が発動し、人々は液体になっていくが、言うまでもなくliquidation(清算。液状にして溶かすことを語源とする。)の隠喩である。おそらく定款に解散事由として人類補完計画の実行が記載されており、清算手続きに入ったことを示すものである。ちなみに、2022年12月現在もインターネットで検索すれば新世紀エヴァンゲリオンに対する考察をいくらでも見つけることができるが、会社法を用いた考察は見当たらなかった。