会社(法)を学ぶ

[この記事は2022年 #legalAC 12/18分です。アーリーさんからバトンを受け取りました。]*1

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会社法を学ぼうとするとき、企業内法務各位なら、おそらく、会社法の基本書や入門書の通読をまず想定するだろう。また、自らの担当する業務に応じて、株主総会・取締役会や組織再編の実務に関する書籍に当たることも多いだろう。確かに、会社法を理解するためには会社法自体の知識の導入が不可欠なのは言うまでもない。

しかし、十数年前、社会に出たばかりの私にとって、会社法の規定やその趣旨を一通り学んでも、何となく上滑りしているような感覚があった。学部で(一応)会社法の授業を履修し、社会に出てからも機関法務*2の仕事をしていたのだが、どうにも"手触り感"を得られなかったのである。

様々な経験を経て、少しだけ会社法に対する「実感」を得るに至った今の私から、十数年前の自分に宛てて、組織内法務人として何が足りなかったのか、もう一歩踏み込むならば何を学ぶべきだったかについて考えてみたいと思う。

1.足りないのは会社という実体への理解

いきなり結論を書くことになるが、当時の私には「会社」というものへの理解が足りなかったのだと思う。

法務担当者なら一度は「法務には事業への深い理解が必要」といった言説に触れたことがあるだろう。法令や契約の文言には、会社が行おうとする経済活動を律するルールはあっても、そこに経済活動の実体は存在しない。それは、我々の目の前にあるルールの外、その所与の前提として存在する。事業を理解しなければ、適切にルールを適用したり、作り上げたりすることはできない。

それと同じことが会社法にも言えるのではないか。当時の私は、会社「法」を勉強しようとするあまり、現実の会社が如何なるものなのかという眼差しが欠けていたような気がする。逆に、会社法を学ぶことで、株式会社を理解できると思い込んでいたのかもしれない。

しかし、会社法を学ぶなら、同時に会社についても学ばなければならないのではないだろうか。特に、組織の中で会社法を運用している我々こそ、現実世界の会社と向き合いながら会社法に挑まなければならないように思う。

2.ファイナンスとガバナンス、会社法の全部

では、「会社というもの」をどう学ぶか。困ったときは、基本に立ち返って株式会社とは何かを思い出してみる。

この際、正確さは無視してざっくりと次のように考えてみよう。

「株式会社とは、出資者のお金を集めて、経営者が事業を行い、得たお金を出資者に還元するための装置である」

ポイントは超大きく分けると2つある。一つは、出資者のお金を集め、得たお金を還元すること、すなわち「ファイナンス」である。株式会社は、結局のところ、金融の仕組みである。

もう一つのポイントは、「経営者が事業を行う」という点である。金融の仕組みとしての会社をうまく機能させるには、経営者をして出資者のために適正かつ効率よく事業運営を行わせることが必要である。つまり「ガバナンス」である。

十数年前の私には、シンプルに、「ファイナンス」と「ガバナンス」という2つの切り口から学んでみることをお勧めしたい。

ちなみに、この切り口で会社法の入門を説くのが「会社法のみちしるべ(第2版)」(大塚英明)*3である。第2版が出たときに初めて手に取ったが、十数年前に欲しかった書籍*4の一つである*5

 

3.ファイナンス

ファイナンスというと真っ先に思い浮かぶのは資金調達の場面だろう。

十数年前の私なら「いや、でもうちの会社、大規模な借入れも増資もしないから関係ないんじゃないか…」などと言うだろう。

それは甘い。例えば企業は利益を上げ、株主に帰属すべきものとして、純資産(つまり株主資本)の部に積み重なっていく。それを株主に分配しないで、企業内部で再投資すること、これもまたファイナンスの文脈で議論されるものである*6

会社の活動は金の流れとは無縁ではいられない。人間は、日々食事をし、吸収し、細胞を作り替えていくという意味で、タンパク質の流れの中にできた淀みと見ることもできるが、同じように、会社は、お金を集め、使い、分配するという一連のお金の流れの中にできた一時の淀みあるいはお金の流れそのものだ。

私にとって会社法の窓から見える株式会社は、少し味気ないもののようだったが、コーポレート・ファイナンスに触れたことで、血が通ったもの(というか金が通ったもの)に見えるようになった気がした。特に上場会社や資金調達を繰り返すベンチャーに勤める法務部員は、コーポレート・ファイナンスを勉強すべきと思う*7

もっとも私自身、人に教えられるほど勉強できているわけではないので、おすすめ本をいくつか挙げることでご容赦願いたい。

入門ということで一つ紹介するなら「増補改訂版 道具としてのファイナンス」(石野雄一)*8。私はある程度勉強してからこの本に出会ったが、ファイナンスの入門としては一番わかりやすかった。

ファイナンスというものが何を扱うものなのかわかったら、コーポレート・ファイナンスをもう少し深堀しよう。例えば「コーポレートファイナンス 戦略と実践」(田中慎一、保田隆明)。「実践」というだけあって、比較的実務を意識した内容と思われる。

それから、次の「ガバナンス」にもつながるものとして、「図解&ストーリー『資本コスト』入門(改訂版)」。集めたお金(集めたお金で稼ぎ出したお金を含む)をいかに使うべきかは、会社が常に直面している課題であり、この点は次に述べるコーポレート・ガバナンスの文脈で近時厳しく問われているテーマでもある。「資本コスト」は、それを読み解く上でのキーワードだ。

ちなみに、十数年前の私には残念なことだが、君が生きる時代には存在しない本もある。今は、会社運営におけるファイナンスの重要性への認知が進んで、入門的な書籍が多数出回る時代になった。

 

4. ガバナンス

さて次はガバナンスである。十数年前の私ならこう思うだろうか。

「ガバナンスなら会社法に機関の規定があるし、法務の領分でしょ?」

甘い。君が会社法だけを学んだところで理解できるのは制度の建付けくらいのものである。それでは社内で行われるコーポレートガバナンスの改革に向けた議論には使えない*9。現代においてコーポレートガバナンスという分野は、十数年前の私が想像するような会社法の延長にあるものではなく、前述したファイナンスに対して君が考えたのと同じように、全く異なる分野と考えた方が良い。

まず、コーポレートガバナンスの議論についていくためには、ファイナンスへの理解が必要である。「結局またファイナンスかよ」と思うかもしれないが、そう、またファイナンスなのである。

最初に述べたように、コーポレートガバナンスはつまるところ金融の仕組みである会社を適正かつ効率的に動かすための仕組みである*10。会社の価値を棄損させるような不祥事を防ぐ、というのは十数年前の私にも理解できる議論だろう。確かにそこには、法務やコンプライアンスの世界も含まれる。だけれども、それだけではなく、株主から預かったお金を効率的に使うこともまた、ガバナンスによって実現されなければならない。そもそも、コーポレートガバナンス・コードにいう「中長期的な企業価値の向上」だってファイナンス的な概念じゃないか。

もちろん、ファイナンスは必要条件だが十分条件ではない。では何を学ぶ必要があるかと問いたくなるだろうが、「自社にとって適切なコーポレートガバナンス」とは何かを考えることは、それこそ経営そのものであり、何か勉強すれば何かできるようになるものでもないかもしれない*11

そうは言っても、世の中の流れは押さえておくことは必要だ。さしあたりコーポレートガバナンスをめぐる議論を知りたいということなら松田千恵子先生の3部作でどうだろうか。語り口も面白いし。

こうやって、少しずつでも最近の議論を追っていけば、そのうち、少しずつ旬刊商事法務が楽しくなってくると思う。ただし、そこで議論されているものは、世の中の最先端であり、自社において如何にそれを活かせるかは別問題である(流行りに影響された経営陣の思い付きに翻弄されないよう最先端の議論を押さえておくことは、商事法務の有効活用とも言えるかもしれない)。

あとは、例えば今年改定されたCGSガイドライン関係など、最近はいくらでも教材がある。コーポレートガバナンス・コードだって立派な教材だ*12。本当にコーポレートガバナンスを学ぶには、こういった官公庁が出すものや他社事例も併せて感度良く拾っていく必要がある。

www.meti.go.jp

付け加えるならば、組織論も勉強しておくとよいかもしれない。「はじめての経営組織論」(高尾義明)は、今年友人に勧められたが、とても分かりやすい。

 

5.最後に

もちろん、このあたりの勉強は、法務においてのみ有用なわけではない。将来、経営層や経営企画部門などを目指すなら絶対に必要だし、法務が他の部門と渡り合っていくためにも常識レベルには勉強をしておくべきである。

確かに会社法に規定された手続きを一つ一つ押さえるのは砂をかむような勉強かもしれないが、少し視野を広げて勉強してみると、少しずつ会社法が好きになれると思う。十数年前の私には荷が重いかもしれないが、きっとキャリアにもつながるから頑張ってほしい。

なお、会社法自体を深く勉強することは別途必要であるから、それはそれで頑張ってほしい。

――十数年後の私より

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Twitter上にも、情報法務勢と同じように、会社法勢が増えればちょっとだけうれしいかもしれない。

次はbentaro_lawさんです。

 

 

*1:予告編詐欺 直前まで別内容の予告しておきながら、業務の都合で全く時間が取れず違うテーマになってしまいました。深くお詫び申し上げます。

*2:機関法務 取締役会や株主総会の仕事を通して、それらの手続きには詳しくなったが、当時の自分にとっては淡々と手続きをこなすだけの分野に見えて、あまり面白味を感じられなかった。

*3:最近ちょっと評判 某氏の書評で高評価を得、また他の某氏も「もっと売れてほしい」と評している。同感である。あくまで入門書であるが株式会社の成り立ちから分かりやすい語り口で説明してくれる。

*4:道標 当時、みちしるべと言えば千問のやつであった。

*5:元ネタ ふと気が付いて戦慄したのだが、若い人は本項の見出しの元ネタをご存じないかもしれない。その昔、「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」というキャッチコピーがあったのじゃよ。

*6:毎年資金調達をおこなっているようなもの 
年、企業は資金余剰の状態で株式市場からの資

金調達ニーズはない」といわれることがあるが

誤解である。そうした企業も内部留保を続けて

いる。内部留保は、株主に帰属する最終利益の

一部を株主に還元せず利益剰余金として株主資

本に組み入れ事業継続のための再投資原資とし

て活用するのであるから、資金調達手段の一つ

である。企業は内部留保を通じて株主から毎年

資金調達を行っているのである。

年、企業は資金余剰の状態で株式市場からの資

金調達ニーズはない」といわれることがあるが

誤解である。そうした企業も内部留保を続けて

いる。内部留保は、株主に帰属する最終利益の

一部を株主に還元せず利益剰余金として株主資

本に組み入れ事業継続のための再投資原資とし

て活用するのであるから、資金調達手段の一つ

である。企業は内部留保を通じて株主から毎年

資金調達を行っているのである。
市場での資金調達を行わない会社が内部留保で再投資することを指して「企業は内部留保を通じて株主から毎年資金調達を行っているのである」と喝破する論説もあり、なるほどなあと思った(旬刊商事法務No.2267「二〇二一年コーポレートガバナンスの現在地(1) 資本コスト経営とは何か」三瓶裕貴)。

*7:会社法以外でも 会社法に限らず、法務担当者はファイナンスを勉強した方が良いと思う(勉強した方が良いことばっかりだけど)。実は法務担当者は日々、契約を通して現ナマを扱っているのだから、条件の良し悪しを正しく見積もるには金融の知識が必要なのではないか。

*8:初版 dtk先生に初版を紹介いただいて、少々苦労して手に入れたのだが、改訂版がすぐに出てしまったので少し複雑な気分。

*9:基礎は重要 もちろん、会社法に書いてあることもしっかり勉強しておくことは大々々前提である。その点を疎かにしては法務として何の価値も出せない。というか有害である。まずは、今、社内にある機関・制度を会社法の観点からしっかり分析しておこう。会社が新たな仕組みを導入するとき、そこには必ず会社法に関係する論点がある。任意の委員会を設置するなら法定の機関との関係性を法的に整理すべきだし、新たな報酬制度を導入するなら、その開示のルールについても会社法その他関係法令を視野にいれて分析する必要がある。当たり前すぎで書いていて恥ずかしくなってくるが、会社法と相対するなら会社法自体の深い理解が絶対必要なのは間違いない。

*10:多義的な言葉 「ガバナンス」という言葉はきわめて多義的に使用されている。ここでは少々乱暴であることは承知しつつ、本文記載の意味合いで用いる。なお、コーポレートガバナンス・コードでは次のとおり。「『コーポレートガバナンス』とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。」

*11:現実のガバナンス 書籍や雑誌に書いてあることの多くは綺麗な議論である。しかし、ガバナンスとは経営者を律することであるが、特定少数のしかも、経営者というクセ強人間を相手にする以上、非常に生っぽい話もある。取締役会事務局などを通してイメージがある人もいるだろう。例えば、華々しい著名社外取締役を多数迎え入れても必ずしも取締役会が活性化し、実効的な監督が行えるようになるわけではない。むしろ、例えば、構成はほとんど変えずに、1人だけ、話をまとめるのが上手くてなぜか人望を集める謎のおじさんを入れた方がよほど有益な場合だってある。そのような要素は、スキルマトリクスには記載されない。取締役会の実効性一つとってもお勉強のみで通用するほどコーポレートガバナンスは単純ではない。

*12:会社法で読み解く新世紀エヴァンゲリオン 教材といえば、アニメも教材になる。難解なアニメとして有名な新世紀エヴァンゲリオン(テレビ放映版及び旧劇場版)は、一部、会社法の知識で読み解くことが可能である。言い換えれば、エヴァンゲリオンを通じて会社法を学ぶことができる。特務機関ネルフは、指名委員会等設置会社(あるいはそれに類するモニタリングモデルの機関設計)と見ることができる。ゼーレは明らかにモニタリングボードであり、碇ゲンドウ等は執行役である。加地リョウジは、特殊監査部という部門に所属しており、これは内部監査部門に相当する。彼は碇ゲンドウとゼーレの間で二重スパイを行っているが、もちろんデュアルレポーティングのメタファーだ。監査委員会の監査は、内部統制システムを通じて行われるとされるところ、ガバナンスにおける彼の役割は非常に重要なものであった。ゲンドウは、ゼーレが策定した経営の基本方針であるところの「人類補完計画」に沿った経営を行うべきところ、亡くなった妻に会いたいという極めて個人的な理由で、独自の経営を追求している。ゼーレはこれに気付いているのかいないのか最終盤まで何だかんだ碇ゲンドウのシナリオが進むが、最終的にはゼーレが「エヴァンゲリオン初号機パイロットの欠けた自我をもって人々の補完を」というセリフと共に碇ゲンドウを解任、その息子をCEOに選任して計画の完遂を図る。簡単に言うとこういったストーリーであるが、見ての通り、ガバナンス上の大問題である。特に、モニタリングボードにおける「監督」の在り方について重要な問題を提示しているように思う。モニタリングモデルは、先進的なガバナンスの仕組みであるかのように述べられることも珍しくはないが、個人的には必ずしもそうは思えない。モニタリングボードを本当の意味で機能させるには、取締役にも事務方にも相当のリソース投入が必要であり、また、監督と執行の距離感を誤れば全く機能しなくなる可能性もある。よく言われることではあるが、結局は、各社が自社にあったガバナンスモデルを不断に追及するほかないのだろう。むしろ、仕組みを変えていくことができる仕組みこそがコーポレートガバナンスの真髄なのかもしれない。なお、人類補完計画が発動し、人々は液体になっていくが、言うまでもなくliquidation(清算。液状にして溶かすことを語源とする。)の隠喩である。おそらく定款に解散事由として人類補完計画の実行が記載されており、清算手続きに入ったことを示すものである。ちなみに、2022年12月現在もインターネットで検索すれば新世紀エヴァンゲリオンに対する考察をいくらでも見つけることができるが、会社法を用いた考察は見当たらなかった。

M&A法務担当者のスベらない書籍10選

 

【2021年 #LegalAC の4日目の記事です。せこさんからバトンを受けました。】

 

普段M&Aや合弁案件ばかり担当しているこの私。

今日は「M&A法務担当者のスベらない書籍10選」と題し、M&A・JV業務に効く鉄板書籍・定番書籍を紹介するというベタな記事をあえて送り出したい。

第一のターゲットは、いきなりM&A案件が飛んできた、これからM&Aをやりたい・勉強しておきたい、なんだかよくわからないけど合弁契約書を見ている、M&Aの本がたくさんあり過ぎて何を買ったらいいかわからない、そんな人の役に立てば大変うれしい。

M&A経験の豊富な方、本をたくさん読む方にとっては既読あるいはご存じの書籍ばかりではないかと思われるが、BLJなき今、そういった暗黙知を白日の下にさらしだしてこそ明日の法務があるのだと考え、躊躇なく、どメジャー書籍を紹介していくものである*1

もちろん「この本を入れるならもっといい本があるぞ」「この本はここがだめ」といったご意見は大歓迎であり、そういうフィードバックをもらうこともまた、本記事のもう一つの目的である。

1 M&Aの契約実務(第2版)

法務としてプロジェクトにアサインされた担当者の最も重要な仕事は、適切な最終契約(Definitive Agreement, DA)をまとめること。本書では、各種条項の内容や日本法に基づく解釈が丁寧に解説されており、M&A契約の基本的な理解をしっかりと得るのに最適な本。

DAはプロジェクトの集大成。初期段階からDAの設計を想定して案件を進めることは、ドラフティング以前の段階においてもメリットがある。本書は、SPA(株式譲渡契約)主体の解説になっているが、他の取引形態でも十分活用可能*2

個人的には、M&A契約の本というよりは「M&A法務の基本書」。一度は通読しておいて損はない。類書というか、より契約条項にフォーカスした書籍としてM&A契約――モデル条項と解説もおすすめ。

2 ジョイント・ベンチャー契約の実務と理論(新訂版)

JV(合弁会社)に纏わる実務上および理論上の様々な論点を解説している書籍。

会社法との関係での合弁契約の有効性や競争法上の問題など、事業会社としてJVを組成する場合のみならず、部分的な買収を行う場合にも参考になる記載が多い*3

JV案件に備えて通読しておく価値がある本。

今年出た同様の分野の書籍(株主間契約・合弁契約の実務会社・株主間契約の理論と実務)も併せて利用すると尚良し。タイトルを見比べれば分かるように、それぞれ対象分野や切り口が微妙にことなっており、それがまたいい味を出している。

3 M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版)

法務DDと言ったらとりあえずこの本を読んでおけばよい。法務DDって結局何?という理解を得たい人から具体的にどのような書面を見るべきかといったところまで書かれており、実務の傍らに置いておきたい本。

DDは外注する会社が多いと思うが、外部弁護士がなぜその書面を要求しているのか、といった点は法務担当者として理解しておく必要があるのでこの本で基本知識を身に着けておきたい*4

シンプルにDDのリストのモデルが欲しい場合は、法務デューデリジェンス チェックリスト 万全のIPO準備とM&Aのために (NextPublishing)がお勧め。

4 株式会社法(第8版)

もし配偶者から「会社法分野で1冊だけ本を買ってよい」と言われたらこれを買う*5

あくまで会社法の本なのでM&Aの文脈では活躍できる機会はやや少ない。それでも、組織再編などは、ほかにしっかりした実務書(後述する6番の書籍や、会社分割ハンドブック〔第3版〕合併ハンドブック〔第4版〕)があっても、一度はこの本を見ることが多い。

ただし、組織再編の部分の構成が分かりにくかったり、時々ワナ(「●●の手続きについてはxxと同様である」とされているところも、実際には手続きに微妙な差異があり完全に同一でなかったり)があったりするのは玉にキズ。前者は慣れ、後者は条文をおろそかにしなければ*6クリアできる(はず)。だから許す。

5 公開買付けの理論と実務(第3版)

TOBの本というとこれ以外あるの?というくらいの鉄板。公開買付の実務に関して、定評のある本をお探しならこれ一択ではないだろうか*7

最初の方のページにある、TOBが必要となる場合をまとめた図表を何度参照したことか。具体的にTOB案件が見えていない段階でこの本を通読するのはしんどいが、手続きの全体像やメジャーな論点は把握しておくといざというとき慌てない。

6 新版 会社法実務スケジュール

会社法の各種スケジュールを時系列で整理した本。

会社法上の手続きだけでなく、金商法その他の開示なども織り込まれており、スケジュールを立てる際、自分の条文の読み方の正誤の確認やチェックリスト的に使うことができる。自分は特に組織再編が絡む取引で使用するが、株主総会など会社法の他のメジャーな手続きも紹介されている*8

ただ、当然、ありとあらゆるケースを網羅できているわけではなく、完全にそのまま使える例は案外少ないので、掲載されているスケジュールをそのまま使えるという期待はしないほうがいい。あくまで確認用のテキストである。

残念ながらまともな値段では買えなくなっている*9ので、令和元年改正会社法対応の改訂版が待たれる。

7 M&A担当者のための独禁法ガン・ジャンピングの実務

いきなりニッチになったと思われるかもしれないが、特に事業会社のM&Aでは競争法ガンジャンピング*10は避けて通れない論点。

案件全体の体制・スケジュールに影響を及ぼし得るテーマ*11であり、法務担当者として意見が求められることも多いため、正確な理解と実務的なアイデア仕入れておきたいところ。

本書は、実務上ありそうなQAを軸にひたすらガンジャンピングを解説する。日本の独禁法のみにフォーカスしてお茶を濁さず、しっかり海外競争法にも配慮した内容になっている(というかそうなっていないと使い物にならない)。類書が見当たらない良書。

8 M&A法大全(上・下)(全訂版)

西村あさひの「大全」本。上下巻あわせて2500ページに迫る文字通りの凶器*12。「大全」の名は伊達ではなく、網羅性は素晴らしい。

もっとも、一つ一つの項目の記載量は限界があり(それでも相当充実していると思うが)、クオリティにも差があるので、自分で買うのはコスパが悪い(上下合計2万円超也)。会社に買ってもらおう。さすがに私もこれは個人では買っていない。

馴染みのないタイプの案件が降って湧いたときに、とりあえず関連個所を読み、当たりを付けるという使い方をしている。宗教上の理由で西村あさひ本を使えない方は、森濱M&A法大系をどうぞ*13

9 金融と法 ――企業ファイナンス入門

M&Aを正面から取り上げた本ではないが株式会社というもの、それを売買するM&Aについての本質的な理解が深まる本*14。もちろんデットファイナンスに関する解説も充実している。

数字が出てくると途端に静かになる法務担当者もいるが*15ファイナンスを勉強しておくと会社というものへの眼差しがかなり変わるのではないかと思う。これはM&Aの局面だけでなく、昨今のコーポレートガバナンス議論においてもファイナンス面での最低限の知識がないと厳しい場面があるだろう*16

いずれの法務担当者も少なくとも1~6章を読むことをお勧めしたい。

投資やローンとは無関係という法務パーソン(そんな人がいるかわからないが、そうであっても)にもお勧めできる本。

10 新版 M&Aのグローバル実務(第2版)

今回唯一、法とか契約という言葉がタイトルに入っていない本。

クロスボーダー案件含め、M&A取引の全体を筆者の豊富な経験を交えて解説。M&Aに突然アサインされたけど、結局何をやるんだ?という人にもお勧め。

法令や契約にそれなりに言及してはいるものの、法務担当者にはそれ以外の部分こそしっかり読んでいただきたい。会社によっては法務によるM&Aへの関与が部分的・ピンポイントになることもあると思われるが*17、プロジェクト全体としてどういった手続きが進んでいて、何が重要な論点になるのか、そして法務の仕事はその中のどこに位置付けられているのかという理解は極めて重要*18

M&A取引を解説する書籍は多々あるが、本書は、記載の厚さや言及している論点のバランスなど、自分の実務感覚から最もしっくり来た本。

 

以上、紹介した10冊はどれを買ってもハズレはないはず(8番は買わなくていい)。ぜひお試しください。

あ、そうそう、今日、楽天スーパーセールらしいですよ。本も買えますよ。

 

明日は、keibunibu先生です。お楽しみに!

 

 

*1:ネタ被り 数日前、あるブログ記事を読んで2つの意味で震え上がった。一つはその記事のクオリティに、もう一つは、(そんなクオリティの高い記事と)考えていたネタが若干被ったことに震撼したのである。しかも、紹介されているM&Aの書籍がかなり本記事と重なっていた。ネタを変えるか迷ったが、明らかに間に合わない。推薦がダブるというのは鉄板本としての紛れもない証、しかもdtk先生とのダブりはむしろ望むところと考え、これまた躊躇なく、ダブった推薦本を紹介していくものである。

*2:クロスボーダー案件 本書は基本的に日本法に基づく解説のみである。もっとも、SPAの構造は各国実務でも大きな違いはない。しかし、各国・各業界に実務面・相場面での違いはあり、当然法制度自体の異同もある。時々、その国で「一般的」とされている条項の合理性が理解できないこともある。もとよりM&A契約は比較的詳細に作りこまれ、細かいところを含めれば、その条件は千変万化である。ドラフトの条文を丹念に読み込み、知ったかぶりしたり、億劫がったりしないでLocalの専門家に積極的に質問すべきである。そういえば若かりし頃、米国における株式譲渡による子会社化案件を初めて担当した際、相手方から"Merger Agreement"ドラフトが提示され、完全に「???」で1日無駄にしたことがあった。かの国ではReverse Triangular Mergerと呼ばれる手法により、"合併"手続きを経て株式譲渡と同様の効果を得ることができるのであるが、「stock dealってお互い分かってるのに何でMergerなん!!」と言いながら必死に株式譲渡契約に修正しようとした思い出がある。

*3:海外法令関係 こちらも日本法主体の本。米国・EUの競争法に関する解説はある。JVと競争法といえば、グローバル企業では企業結合規制の問題が頻繁に生じる。EUや中国などでは、JVの組成は、JVを介した出資者同士の企業結合という考え方がとられており、JVに対する「共同支配」が発生する場合、出資者の各国での売上高を基準に届出要否が決定する。この結果、JVの事業活動が当該国の市場に影響を与えないような場合でも形式的に届出義務が生じることがある。そのような場合、JV設立時に費用と時間をかけて、無関係の国への届出を行わなければならないのか、どこまで届出要否を調査するか、といった点で、まじめな日本企業にとっては悩ましい状況が生じる。結局のところ、当該JVが将来的に当該国に進出する可能性があるか、将来JVに第三者が参画する場合に支障が生じないか、などといった観点から個別に検討せざるを得ない。

*4:Due Diligence 自分でやるか・外注するか 通常の規模の日本企業法務部においてはリソースの観点からDDを外注することが多いのではないかと思われる。だが、一度は、小規模なマイノリティ出資案件などで自分でDDをやってみることをおすすめしたい。想定されるリスクは何か、それをつぶすために何をリクエストするのが効率的か、相手方にはどのように質問すればよいか等々を自分で考え、肌感覚を多少なりとも養っておくことで、外部弁護士を起用したDDの時にも「芯を食った」指示や質問が出しやすくなるのではと思う。DDにおける資料リクエストや質問は、それはそれで奥が深い。小規模の会社のDDを行う場合、当然あるはずの資料(法定の書面を含む)がない、リクエストの趣旨を理解されずほしい情報にアクセスできない、対象会社の対応リソースが小さすぎて資料収集に時間がかかる・収集できない、といった問題は日常茶飯事である。相手方担当者の知識・経験レベルを推し量りながら、効果的に情報を提供してもらえるよう、丁寧な質問文にしたり、例を入れたり、質問趣旨を記載したり、思い切って要求のスコープを断捨離したり(無思慮に「とりあえず全部」みたな要求をすると収集作業がスタックし、得られる情報が限定されてしまう)、これはこれで頭とスキルが必要な作業なのである。

*5:書籍とお小遣い 田中亘先生の会社法 第3版会社法(第5版) (LEGAL QUEST)も良い本だが、1冊だけと言われるとこれかなと。限られたお小遣いの中で、実務にも勉強にも使える本は非常にありがたい。また、リモートワークにおいても、家にコンメンタールをそろえられる猛者を別とすれば、記載の充実した江頭本は強い味方である。定価5,600円+税は、きわめて合理的な価格であり、1.5倍くらいしても文句はない。なお、その「0.5」分、索引が犠牲になったのだ…との説があるが同意である。そこはLionBoltか、ひたすら使い込むことでカバーするしかない。

*6:会社法を読み解く ボス「まず条文ですね。全ての解釈はまず条文を読んでみるところから始まります。」この本もまた良き本であるが、ボスとサブの対談形式で進められ、ボスは常に丁寧かつ論理的で優しい口調であり、サブも別にヘマするわけではないのだが、だんだんボスに詰められているような気分になってくる。

*7:TOB 少なくとも当社の場合、TOBに関しては証券会社と外部弁護士のおんぶにだっこ。基本的に書面仕事なのでそれをそつなくこなしてもらう。それでも、社内的には各手続・各書面の意味を説明する必要があり、法務としても基本的な理解は必要。なお、幸いにも、アクティビストが介入してきたり、対象会社の賛同を得られなかったり、といったエキサイティングな公開買付は経験したことがない。ところで、TOBを行うに当たっては、自社がインサイダー情報を保有していないことを担保する必要があり、(重要事実に該当するような情報はそうそうないにせよ)これがまた神経を使う。インサイダー取引に関する書籍の決定版は、インサイダー取引規制の実務〔第2版〕だと認識している。

*8:組織再編は日程が命! 案件初期からしっかりしたスケジュールを引くことは基本であり、重要。当然ながら、事業サイドとしては「いつこの案件が成立するのか」は極めて重要なファクターであり、そこから逆算して日程を明確にしておく必要がある。早い段階で一度スケジュール案を作ってみて、事業部門と共有しておくことを推奨する。自分はとにかくスケジュール作りが苦手というか好きになれない。何度やっても何か忘れているような気がするのである。この本がなければ一から条文を読んでスケジュールを構築していく必要があるし、会社法以外に検討すべき法令がないかの調査には相当の神経を使うだろう。自社の機関決定のスケジュールや「開示したいタイミング・開示しなければならないタイミング」などの諸要素も勘案する必要がある。本書によって、そういった部分を相当程度省力化することができるし、安心感を得ることもでき、メンタル的にも助かっている。

*9:電子書籍 噂によると某電子書籍サブスクに収録されているらしい。

*10:ガンジャンピング 念のため用語の説明をすると、企業結合のクリアランス取得前あるいは実行前に、企業の統合行為を行ったり、統合の準備行為がカルテルに該当してしまったりで、競争法に違反してしまう行為。フライング。

*11:競争法がもたらすフラストレーション 典型的には競合他社を買収する際、DDで得られる競争法上機微な情報の共有範囲のコントロールが必要になったり(対象会社に一番詳しい社内の営業担当者に情報を渡せない等)や競争法を盾にして重要な情報が開示されなかったり、踏み込んだPMIの準備ができなかったり、競争法は案件全般にfrustratingな影響を及ぼす。また、競合他社とのJVでも、競争法を意識しながら、JV事業に関する深い検討を行うのは容易ではない。事業担当者も、法務担当者も、M&A Lawyerもフラストレーションを募らせる中、競争法Lawyerだけが超然と「ダメです」と言うシーンは何度も見てきた。

*12:愛称 一部ではバスターマシン1号・2号と呼ばれている。一部では。

*13:数合わせでは? キリよく10選にするために無理やり紹介しているわけでは断じてない。誰しも経験があると思うが、慣れないうちは、どのような書籍に当たれば必要な情報を得ることができるかわからないし、そもそも何が分からないかがわからない。そういうとき、とりあえずバスターマシン1号・2号を開けば何かしら書いてある。それを手掛かりに更に資料を探索していき、最終的に必要な情報を手に入れる、という使い方が想定できる。

*14:M&Aに効くか? 本企画の趣旨からすると、本書を紹介するのはやや強引な感じがするのは否めない。ただ、良い本なので、法務のみならず会社員みんなに読んでほしいということで機会があるごとに各所で紹介している。

*15:それは 私です。

*16:資本コスト資本コストうっせぇよ 最近よく聞く「資本コストってなに?」という人は、例えば図解&ストーリー「資本コスト」入門(改訂版)などいかがか。「コーポレートガバナンス」に食傷気味の人はたかが会計 資本コスト、コーポレートガバナンスの新常識を読んで溜飲を下げる(?)のも一興。M&Aに話を戻すと、企業価値算定の考え方を理解しておくことは法務としても重要と思われるが、バリュエーションの教科書―企業価値・M&Aの本質と実務は読みやすい。

*17:M&Aの担当部門 M&A案件に法務が関与せず、経営企画部などが外部弁護士をつかって対応している会社や、法務部には契約書レビューだけ依頼されるような会社もあると想像する。ざっくりM&A取引が「投資効果の実現←投資効果の実現のためのPMI←投資効果実現を妨げるリスクの除去/低減・投資効果実現のコストの低減のための契約上の手当て←投資効果やその蓋然性に影響を与える事項の確認としてのDD←目指すべき投資効果の計画」といった、目指すべき姿からの逆算プロセスだと考えれば、契約のみをレビューしろと言われても相当程度やりにくさがあるのでは、と思う。また、前述のとおり、最終契約が当該取引プロセスの一つの集大成であることを考えると、最初から最後(最後がいつを指すかは非常にむずかしい問題だが)まで法務担当者が関与することが望ましいのではないかと考える。

*18:プロジェクト推進者としての法務 価格の話であれ、会計の話であれ、税務の話であれ、最終契約に落とし込まれる以上、法務として無関心ではいられない。少なくともその意味で、法務以外の分野についても目配せが必要になるはず。