このエントリは2024年legalAC14日目の記事です。なかじょーさんからバトンを受けました。
この1年間を振り返ってみると、とにかく会社の何かを変えることが仕事の中心だった。今回は、その試行錯誤の中で、参考になった書籍や、イマイチ参考にならなかった書籍を紹介しながらポエムを書く。
※法務とは直接関係ないもの、かつ実務的でないものを挙げている。また、全編通して私が所属するでっかいJTCを想定して書いているので、そうでない会社の人は全く共感できないかもしれない。
「企業変革のジレンマ――『構造的無能化』はなぜ起きるのか」(宇田川元一)
今年読んだ本の中でのNo.1。
自分自身「変革なんて関係ないよ~」と思っていたが、殊更に「変革」に取り組む人でなくても得るものはある本。企業組織の中で働く際に陥りがちな罠とそれを脱するヒントが詰まっている。
少なくない日本企業が「変わること」を求めているらしい*1。当社もその中の一つ、というか代表例なんじゃないかと思う。そのような会社の多くは「つぶれそうなほど業績が悪いわけでもないが、なんか調子が悪い」という曖昧な状態にあり、何かを変えなければならないという焦燥に駆られているように見える。例えば、「なかなか新事業ができないなぁ」とか「将来に希望を持てずに辞めていく若手がちょっと目立つなぁ」とか、そんなような悩みである。
本書は、そんな「慢性疾患」状態の企業に向けた、状況打開への手引きである(つまり、変わらなければ来期にでも潰れるような「急性期」の企業向けではない)。
本書では、この得体のしれない調子の悪さの原因は「構造的無能化」にあるとしている。「構造的無能化」とは、「組織が考えたり実行したりする能力を喪失し、環境変化への適応力を喪失していくこと」と定義されている。企業は事業が確立すると、現在の業務をより効率的・合理的に実行するための組織内の分業化が進み、ルーティンが定まってくる。これが結果的に組織内の視点の硬直化をもたらすという。
確かに、組織が分化し構造として確立すればするほど、各部門がタコ壺化し、組織全体としての思考・行動ができなくなるというのは、肌感覚として分かる。複数の部門で分業することの宿命とも思えるが、そういった状態が固着して、分業の域を超え、基本的な価値基準さえも部門間で分化してしまうところまで行ってしまうと、確かに環境変化への適応どころではないだろう。
この「構造的無能化」を克服するための変革には、「多義性」「複雑性」「自発性」の問題*2が障害となるが、本書ではそれらへの対処としての「対話」の重要性を説く。「対話」といっても「よくコミュニケーションをとりましょう」という単純なものではない。本書でいう「対話」とは、「他者を通して己を見て、応答すること」である。さらに言えば、「相手の生きる世界を相手の視点で捉え直し、それに対して自分が応答し、自分が変わっていくプロセス」であるという。
「他者の視点」は、課題を見極めるためのある種のフレームワークになると思う。自分自身、放っておくとどんどん視野を狭めていってしまうタチなので、他者の視点(視野や視座も含めて)を取り入れ、その背後にあるものも考えながら物事を見ることをかなり意識的にやる必要がある。また、よく言われる法務にとっての「事業理解」や、その他のいわゆる「法務以外」の領域への関心は、この「対話」を行うために役立つ。というか、法務が構造的無能化促進部門にならないためにはそれらを備えることが最低条件だろう。
余談だが、この本を読んでいて「あるべき法務論」(あるいは「法務のあり方論」)*3を思い出した。あの手の話は法務独自の世界にハマり込んで「構造的無能化」を助長しないよう、よくよく注意して見る必要があると思う。本来「あるべき法務論」を語るのであれば、自社が抱える課題に対してどのような部門/機能を具備すべきか・どう運営すべきかという議論を展開すべきと考えるが、課題の部分の掘り下げが不十分あるいは「法務から見た課題」でしかない議論が多いように思える*4。
「ビジョンプロセシング――ゴールセッティングの呪縛から脱却し『今、ここにある未来』を解き放つ」(中土井僚)
VUCAの時代である。「いやぁ〜乱世乱世」*5くらいのノリでいろんな本の"まくら"がVUCAである。それなのに二言目には「明確なビジョンを持て」なのだ。先が見通せない時代だとあれだけ言っておいて、どうやってビジョンを立てろというのか!……と憤っていた矢先にこの本が出た。帯には「『答えがないのにゴールを示すべき』というジレンマを、誰もが抱えている」と大きく書かれている。これはワイのことだなと思い、1の本と一緒に買った。が、全体的には腹落ちし切らない本だった。
本書は、先の見通せない現代において未来志向の道筋を描くためのメソッドを示すものである*6。なお、特にこの本は、法務の人があまり好まなさそうな自己啓発っぽさが比較的強いという点は付記しておく。
何がどうなるか分からないVUCAワールドにおいては、計画を立ててその通りに進むことは難しい。それゆえ、一つのゴールを目がけて進んでいくゴールセッティング型のアプローチが機能しにくくなっている。先行きの見通せなさや環境変化によってゴールがゴールとして機能しなくなるからである。むしろ必要なのは環境の変化にめげずに「瓢箪から駒が出るまで<まず、行動>を起こし続ける」ことらしい。そこで、ゴールセッティングに代えて「ビジョンプロセシング」が提案される。普通、人間は、ゴールが見えない状態でとにかく<まず、行動>を起こし続けることはできない。ゴールセッティングは、計画を成し遂げた先の「得るべき」未来としてゴールを設定するが、それが得られる保証はなく、得られないと分かった時点で人は行動をやめてしまう。これに対して、ビジョンプロセシングでは「未来との向き合い方」を変え、ビジョンを「今、この瞬間に自他の主体性と創造性を解放する未来」と捉える。
というところまで来て、皆さんは、段々胡散臭くなってきたなと感じたと思うが、自分もそう思う。とはいえ、確かに字面は何だかキラキラしてしゃらくさいものではあるが、将来獲得すべきものとしてのゴールではなく「今この瞬間のために描く未来」がビジョンだという点は、なるほどと思った。しかし、残念ながら、ビジョンプロセシングの中身を、ここでかいつまんで説明できるほどは飲み込めていない。
正直ピンとこないところもあるし、一読した程度では、本書が提言する「ビジョンプロセシング」というメソッドの本質が理解できるとは思わないが、何かを変えるための答えのない仕事*7を、他者を巻き込み方向性を一致させながら進めていくための方法論として、役立つ記載は部分部分にあった*8。
他方、会社組織全体にこの方法論を適用するには、自社は組織が大き過ぎる。確かに、数値的なゴールの功罪や、(当社の)従来型計画(本書では山登り型プランニングという)と現代における中長期的な戦略の噛み合わせの悪さは日々感じてはいる。しかし、本書で提言されている「次々と来る課題を波のように乗りこなす波乗り型プランニング」のようなアジャイルなやり方を組織全体に適用するのは、自社の規模感では無理がある。
おそらく、当社において本書が最も役に立つのは、課レベルのリーダー層(私は部下無しなのでこれに当たらず)だろう。そういう目で見ると、チームとして目指すべき方向性を共有しながら、課題に柔軟に対象するためのノウハウ集として有用に見えてくる。そして、500頁超で2000円ちょっとという良心的な価格設定は素晴らしい。
なお、本書に限らず、この手の本が即役立った記憶はあまりない。だが、それはそれでよいと思っている。この手の(特にこういった、しゃらくさい系の)ビジネス書は、即座に腹落ちしないことも、本を読んだくらいですぐ実践できないことも多い。そこはあまり気にせず、さっと読めばいい。役に立つ時が来たら勝手に役に立ってくれるだろう、という気楽な姿勢で(本がすごいスピードで増えていくという些細な問題を除いて)良いと思う。
「事業開発一気通貫 成功への3×3ステップ」(秦充洋)
分かりやすい事業の変革と言えば、新規事業の開発である。本書にもあるが、新規事業の創出に対しては、既存事業の思考回路とは異なるそれが必要になる。同様に、既存事業の法務に慣れ親しんでいた自身にとっては、(特に本業から距離のある)事業開発の世界は驚いたり戸惑ったりすることが多かった。
何に戸惑うかというと、例えば、既存事業では考えたこともなかった法領域のリサーチが必要になったり、これまでにない契約を設計する必要が出てきたり……なんてことを想像する人もいるかもしれないが、そんなカッコいいものばかりではない。
まず、事業開発の基本は、とにかく早くたくさん試して早くたくさん失敗することである。事業開発においては、万事において、ニーズの仮説を立てたらターゲットに即聞きに行く、ちょっとでも進んだらMVPと称して物凄くチープなプロトタイプを持って突撃するという調子で進む。「おいおいNDAとかいらないのかよ」と思っている間に話が進んだり、かと思えば、いきなり行き詰って、もの凄い方向転換をしたりする。もっと言えば、由緒正しきJTC*9で事業開発を好んでやるタイプの人は、アグレッシブで諸々ラフな人*10が多いんじゃないかなと思う。そのような人の中には、事業開発プロセスの中での壁を突破するために、法務の見解を120%自分の都合のいいようにフル活用するタイプもいるかもしれない。
こういう世界は、当社における既存事業の世界とは全く異なる。だから、事業開発を支援するなら、まず少なくともその基本的なプロセスや考え方を頭に入れておく必要がある。この本は、カオスにしか見えない事業開発のステップが綺麗に整理されているうえ、各ステップの説明も丁寧なので分かりやすく参考になる。途中途中で出てくるフレームワークは(一般的によく使われるものが多いが)、既存事業を理解するためにも役立つだろう。
もちろん、一番身につくのは実践である。やりたい事が徐々に形になっていく面白さと迷走フェーズに入った時の苦しさは、なかなか他では味わえない。法務という立場を一旦脇に置いて、一メンバーとして一緒にプロジェクトを推進し、必要なところで法務スキルを活用する、というようなポジション・姿勢で参画できるなら*11、若い人には是非経験してもらいたいと思う。
TLには事業開発の経験豊富な法務パーソンが何人かいそうな気がする。事業開発と法務という切り口で一度話を聞いてみたいものである。
変革の法務
ここまで読んでいただいた皆さんは、もうお腹いっぱいだろうから、この辺りでまとめに入りたい。
そういえば、この記事のタイトルは「変革の法務」だが、これは何となく語呂が良かったのでノリで付けたものである*12。深い意味はないので、何かを期待してここまで読んでくれた人がいるとすれば大変申し訳ない。
冒頭で、何かを変える仕事が多かったと書いたが、より重要なのは「変われる」ことだと思う。巨大な企業組織は驚くほど変われない。公表されている各社の第三者委員会報告書を見ていると、様々な理由で構造的無能化が生じているのがよく分かる。コーポレートガバナンスの本質は、経営陣も含めて変われる企業になることだと思う*13。
会社が良い方向に変わろうともがく時、組織内の人間がその文脈を共有(できればそれに共感)したうえで、会社全体として、本質的な課題を見据えながら取り組む必要がある。その中では、法務という自意識を一度取り払った上で、一人の組織人として事業や組織を良くするために何をすべきかという問いに向き合い、次に法務としてなすべきこと・できることは何かを考える必要があるように思う。何より、そのような考え方をすることで、よりスケールとインパクトのあることが着想できたり、何より、より楽しく仕事ができるのではないかと思う。
と、いうことで、今、思いついたのだが、この姿勢・マインドセットこそが「変革の法務」なのである。そういうことにしておいてください。
おまけ
さて、もう私もポエムはお腹いっぱいなので、他に面白かった本を簡単に挙げておく。
「戦略」の意味が人によって違って困るなぁと思っていた矢先に出た本。仕事でも時々、「戦略とは、克服可能な最重要ポイントを見極め、その解決策を見つけること」というキーメッセージに立ち返って考えるようにしている。全編超エキサイティングで興味深く読めた。
組織を変える時、「生存チャネル」の暴走の防止と「繫栄チャネル」を活性化する必要があるという点はなるほどと思った。ただ、いつも思うのだが「脳科学から導き出された」という理論は、どこまで信じていいのだろうか。
ワールドクラスの経営――日本企業が本気でグローバル経営に挑むための基本の書
世界の大手企業の経営を紹介する本。タイトルは香ばしい感じがするかもしれないが、良い本である。ワールドクラスが良くて日本がダメということではなく*14、まず考え方の違いを知ることが極めて重要だと思う。ちなみにリーガル部門に関する記述もある。
それではみなさん良いお年を。
明日は、twさんです!
*1:変わる 結局、「変わらなきゃも変わらなきゃ」とイチローが言っていた30年前から何も変わっていない。なお、「変わらなきゃ」の会社のその後の30年はご案内のとおりである。
*2:多義性・複雑性・自発性「多義性」とはある状況に対する問題・論点の解釈が複数あることをいうが、「多義性」が認知されず、問題が問題として認識されない、あるいは関係する当事者間で問題の捉え方が食い違うことで「何が問題なのか分からない」状態に陥ることがある。「複雑性」による問題とは、表層的な問題の背後にある複雑な問題を無視してしまうことで変革が進まないという状況である。「自発性」の問題は、変革のための施策が実行部門において積極的に実施されないという問題であるが、これはナラティブが共有されていない施策の「押しつけ」などにより生じる。
*3:あるべき法務論 例えば、戦略法務だとか、General Counselがどうとか、寄り添うとか寄り添わないとか、ガーディアンとか、攻めとか受けとか、守備範囲がどうとか…の話に「べき」が付くような論説のこと。
*4:課題の掘下げ 簡単に書いたが、企業を取り巻く環境や企業内の組織が直面する課題を特定し言語化することは簡単ではない。本文に書いた「対話」を通して、地道かつ丁寧に向き合うほかないのだろう。また、公表する文書に記載することが困難な場合も多いと思う。だとしても、あるべき法務論を展開しようとするならば、想定している課題の明示は重要なはずである。
*5:乱世乱世 監獄学園(1) (ヤングマガジンコミックス)
*6:VUCA 浅はかな私が「いつの時代だって先なんか見通せねぇんだよ」などと言っていたのに応えるように「VUCAは現代だけの特徴なのか」というコラムがp.70以下にあったので、その点は良かった。
*7:答えのない仕事 基本的に仕事には正解がないと教えられてきた。しかし、振り返って見ると、これまで自身が携わってきた法務の仕事は、少なくとも何に対して答えを出すべきかは比較的明確であった又は特定しやすかったように思う(あくまで比較の話である)。最近携わっている「何かを変える」という仕事では、まずもって何が本当の課題なのかの見極めが容易ではない。したがって、本当は「問いが必要な仕事」と言うほうが正しいのかもしれない。ちなみに、リーガルリサーチに伴う問いの立て方について実践的な解説がある書籍と言えば、Q&A 若手弁護士からの相談99問 特別編―リーガルリサーチ
*8:部分部分 筆者の方も謙虚にも「一部でも参考になれば」と言っている。
*9:由緒正しきJTC おそらくアントレプレナーシップあふれる人ばかりで構成された勢いのある会社は、本文で述べるような問題社員一歩手前みたいな人が事業開発担当者の中に占める割合は低いのだろうと想像する。
*10:アグレッシブでラフ 事業開発には、何よりこ「これがやりたい」という熱意を持つ人がいないと前に進まない。熱意先行型の人は、それ以外のことが後行になるために、法務から見るとアグレッシブでラフという評価になりやすいのかもしれない。
*11:事業開発への関わり方 新事業が法的に可能かどうかなどの相談をピンポイントで受けるだけでは、なかなか面白さは分からないかもしれない。しかし、そのような相談に的確に対応するためにも、本書や本文に書いたような経験を経ることが有益だろう。
*12:語呂 復活のイデオン、逆襲のシャア、反逆のルルーシュ、進撃の巨人…の系譜に連なるものである。最後のはちょっと違うか。
*13:変われる企業 もちろん、その中の部門である法務も「変われる」必要があるのだろう。時代は変わる、法務は変わるな、というわけにもいかないのだ🍺
*14:ワールドクラスとの比較 もちろん目につきやすい所を安易に比較するのは危険であり、なぜその違いが生まれるのか、背後にどのような思想や環境があるのかを意識した読み方は必要。